浮気された者から浮気をした者への離婚請求は絶対に認められるのか2

当ブログにようこそ。

渋谷で弁護士をしている上野訓弘です。

 

今回は、お伝えした、浮気があっても離婚を認めなかった(浮気された者から浮気した者への離婚請求が認められなかった裁判例としてとても有名な「東京地方裁判所の昭和30年 5月 6日判決(事件番号:昭27(タ)12号」事件について、その詳細を紹介します。

 

ただし、この判決は、とても有名な判決でありながら、現代的意義には疑問が残る判決です。

 

そのため、とりあえずは、「昔は、こんな判決もあったんだ」という軽い気持ちでお読みいただければ幸いです。

 

※前回の記事はこちら
・浮気された者から浮気した者への離婚請求は絶対に認められるのか①

 

1 昭和30年5月6日判決(事件番号:昭27(タ)12号)について

①事案の概要

戦前は軍需関係の会社の重役の夫の収入により羽振りのよい上流家庭の生活をしていた夫婦が戦後没落していく過程で、夫が妻を顧みずほかの女性(銀座の酒場のマダム等)と浮気をしました。

 

これに対して、妻が別居の上、離婚を求めたのです。

 

もっとも、自身も上流階級の出身である妻は、別居中は、家政婦をしてかろうじて生活をしており、首尾良く離婚が認められても家政婦をして生活していく予定でした。

 

他方で、この妻は、自身も上流階級の出身でありまた結婚後も終戦までは上流階級としての生活を続けていました。

 

判決では、この様子を、かっては「上流夫人としての生活を為し、その生活は派手で、衣裳なども高価なものを持ち、又、花、お茶、小唄、その他の遊芸に身を入れたり、或は、被告(夫)と共に花柳界に出入りして、花柳界の婦人達と派手な交際をしたりして、その生活には何等の苦労もなかつた」妻と表現しております。

 

さらに判決は、この妻は、戦後になって没落してからも、夫共々生活習慣を変えることに苦労している(昔の羽振りが良かった頃の生活からなかなか変えられなかった。)と評価しています。

 

ところで、夫ですが、確かに戦後は一時没落していました。

 

しかし、この判決の出た昭和30年頃は、日本は経済成長を始めていました(高度経済成長期の開始は、昭和29年12月とされております。)。

 

そして、そもそも、夫は、昭和20年の終戦当時(昭和20年当時39歳)既に重役になれる程の逸材でしたから、上記のようなこの判決の出た昭和30年当時の経済状況に鑑みると、この夫(昭和30年当時49歳)ならば、今後は再び活躍し生活が豊かになっていくことが予想されました。

 

このように、かっては上流夫人としてその生活には何等の苦労もなかつた妻が、今後は家政婦として生活していかなければならないのに対し、夫は今後は生活水準が以前の状況に戻ることが期待できる(ただし、現在はまだ困窮しているため、財産分与で対処することは難しい)状況での妻からの離婚請求だったのです

 

 

②判決が重視した事情(妻は、離婚すると経済的に損をするけれど、それは財産分与で対処できない事案でした)

 

このため、判決は、上記の状況から、妻は、ここで離婚すると、これまでの苦労を無駄にしてしまうから離婚しない方が幸せであると評価したのです。

 

参考:判決の表現

「男子として、今後の活動を期待し得られる被告(夫)と今日離別することは、婚姻以来二十有余年に亘り、良きにつけ、悪きにつけ、兎に角、労苦を共にして築いて来た礎石の上に、来るべき幸福を捨てるに等しいことであつて、これは、二十有余年の努力を無にし、その余生を捨て去るに等しい」あるいは「、(妻が夫の許に復帰し、再び夫婦生活を送ることが)客観的に見れば、原告(妻)が、被告(夫)と離れ、若干の収入を得て、淋しく一人身の生活を送るよりも、幸福であること幾増倍であると考へ得られる(中略)原告は、被告と離婚するよりも被告の許に復帰し、被告と再び夫婦生活を送ることが、原告の為めにより幸福であると考へられる」

 

すなわち、夫が反省し婚姻の継続を望んでいることもさることながら、離婚した場合、離婚を求めている妻、それもかっては何不自由ない生活をしていた妻は、財産分与ではうまく対処できないこの事件の場合、困窮したままで今後の夫の向上部分を享受出来ないことを危惧したのです

 

こうした離婚による経済状況の得失を考慮すること考え自体は、現在でも妥当するとは思います。

 

とはいえ、まず、ここまで離婚により経済状況の得失が変化する状況はちょっと考えにくいです。

 

通常は、財産分与で対処可能ですし、また、上記の事案のようにあの時代特有の経済変化であって、現代ではなかなか起きえない経済変化でもあるかと存じます。

 

さらに、そもそも、現代社会で、妻がその経済的な得失のリスクを承知の上で離婚を望んでいる場合に、それでもなお「原告が、被告と離れ、若干の収入を得て、淋しく一人身の生活を送るよりも、(離婚しない方が)幸福であること幾増倍」であるから離婚を認めないという発想を裁判所が持つかどうかは疑問です

 

 

③判決の背景には、当時ならではの発想もありました

 

たとえば、この裁判例は、上記の理由のほかに、

 

「50歳の妻は、既に女性としての本来の使命を終えている」、「妻は、この際、夫の許に復帰すべきであつて、一人我を張り、復帰を肯んぜないとすれば、それは、俗に云ふ、女妙利の尽きる仕儀であると認められても、亦、止むを得ない」などとも述べています。

 

具体的には、

「原告(夫に浮気をされた妻が原告です。)が、年令満五十歳で、女性としては既に、その本来の使命を終り、今後は云はば余生の如きもので、今後に於て、花咲く人生は到底之を期待し得ないと考えられる。」とか

 

「(戦前から夫はさんざん浮気をしてきたけれども)夫婦の関係に影響を及ぼす様なことはなかつた(中略)その実質上の理由は、(中略)被告(浮気をした夫)に経済上の能力があつて、被告に前記の様な所為(夫の戦前から続く浮気)があつても、原告(妻)の経済上の生活には何等の影響も及ぼさず、原告は、被告の経済上の能力によつて、何等苦労することなく、上流夫人として派手な生活を継続し得た点にあると認められる」とか

 

「原告は、被告と離婚するよりも被告の許に復帰し、被告と再び夫婦生活を送ることが、原告の為めにより幸福であると考へられる事情にあると認められること。(斯の如き事情が認められる上に、前記の様に、被告は、原告の復帰することをひたすら願つて居るのであるから、原告(妻)は、この際、被告(夫)の許に復帰すべきであつて、一人我を張り、復帰を肯んぜないとすれば、それは、俗に云ふ、女妙利の尽きる仕儀であると認められても、亦、止むを得ない事情にある」

 

などという理由を挙げています。

 

こうした発想の元に、現在の裁判が行われることはないと思います。

 

 

2 この有名な判例の現代的意義

 

この判決は、浮気があっても離婚を認めなかった裁判例としてとても有名で、この問題を扱う場合、かならず触れる判決です。

 

その上、「浮気があっても一切の事情を考慮して離婚を認めなかった」という結論部分、あるいはせいぜい「浮気について後悔し、浮気については清算し、再び妻と共に生活を再建することを強く決意していた場合に、離婚を認めなかった」という部分のみが有名になっている気がいたします。

 

このため、この有名な判決の結論だけ、あるいは上記のような一部だけをご存じだった方もいらっしゃるかと存じます。

 

しかしながら、それなら自分の場合もと安易に結論を出されるのは危険と存じます。

 

というのも、上記のように昭和30年だからこのような判決になったけれども、果たして同様の事件があった場合に、現在でもこの判決と同様の判決になるかは疑問がある判決だからです。

 

今回は、その点についてご納得いただければ幸いです。

 

■次回予告
・浮気された者から浮気した者への離婚請求は絶対に認められるのか③(浮気の証明)

 

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